乳酸菌は、古くから人類の食生活や健康を支えてきた身近な微生物です。その歴史は古く、偶然の産物から始まり、やがて科学の光があてられ、現代では宇宙空間での研究にまで至っています。
6つの物語
ある日、残しておいた羊の乳が、いつの間にか酸味のあるさわやかな飲み物に変わっていた。
ヨーグルトをはじめとする発酵乳の歴史は、約1万年前に西アジアで羊や山羊が家畜化され、搾乳が始まった頃にさかのぼります。乳にたまたま乳酸菌が入り込み、発酵が進んだ結果でした。古代の人々はこれを乳の保存法として取り入れ、その地方独特の利用方法で発展させていきました。偶然の出来事が、人類にとって欠かせない発酵食品を生み出したのです。
「もっと早くからヨーグルトを食べていれば、長生きできたはずなのに」——71歳で逝ったノーベル賞科学者の最後の言葉。
ロシアの微生物学者イリヤ・メチニコフは、1905年にブルガリアのヨーグルトから乳酸菌を発見した学生の報告に強い関心を持ちました。ブルガリア地方に長寿者が多い理由がヨーグルトにあると考え、1907年に「不老長寿論」を発表。約100年後、腸内フローラのゲノム解析によって彼の着眼点が正しかったことが証明されつつあります。「100年早すぎた理論」と呼ばれる所以です。
内モンゴルの遊牧民が飲む「酸乳」との出会いが、日本初の乳酸菌飲料を生んだ。
1902年に中国へ渡った三島海雲は、内モンゴルで遊牧民が飲む「酸乳」に出会いました。弱っていた胃腸が回復したことに驚き、その健康効果を実感します。帰国後、「国家の利益となり、人々の幸福につながる(国利民福)」という志のもと、1919年に日本初の乳酸菌飲料「カルピス」を発売。1923年の関東大震災では全財産を投じてトラックを手配し、被災者に冷たいカルピスを配り歩きました。
「腸を丈夫にすることが、健康で長生きすることにつながる」——世界初の快挙を成し遂げた医師の信念。
ヤクルト創始者・代田稔博士は、感染症で多くの命が失われた時代に「予防医学」を志しました。1930年に世界で初めて胃液に負けず生きて腸に届く乳酸菌(シロタ株)の強化培養に成功。「誰もが手に入れられる価格で」という思いから、1935年にヤクルトを発売しました。現在のヤクルトレディが手渡しで商品を届ける独自システムは、彼の草の根活動から発展したものです。
愛情深く手入れを続ければ、ぬか床は数百年もの間、乳酸菌を生かし続けることができる。
日本の伝統的な発酵食品であるぬか漬けも、乳酸菌の宝庫です。漬物の歴史は古く、奈良時代の木簡にも記録がありますが、現代のようなぬか漬けが食べられるようになったのは、精米技術が発達した江戸時代からです。春夏秋に収穫した野菜を、作物が育たない冬に保存して食べるための知恵として発達しました。日本の四季と風土が育んだ先人たちの知恵の結晶です。
乳酸菌の研究は、今や地球を飛び出し、宇宙空間や人間の「心」にまで及んでいる。
JAXAとヤクルトの共同研究により、国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在において、宇宙飛行士の免疫機能低下を防ぐため乳酸菌(シロタ株)の活用が進められています。また、医学部学生を対象とした研究では、乳酸菌を継続摂取した学生はストレスホルモン(コルチゾール)の上昇が抑えられることが示されました。腸と脳が密接に関係し合う「脳腸相関」——乳酸菌は私たちのメンタルヘルスをも支える可能性を秘めています。
偶然の発見から始まり、多くの研究者たちの情熱によって解明されてきた乳酸菌の力。
それは単なる「お腹に良い菌」にとどまらず、私たちの歴史、文化、そして未来の健康までをも豊かにしてくれる、素晴らしいパートナーなのです。